22章 24章 TOP



23章 エジスト闇通り




「そこの女。何をしている」
時計塔の針の位置に頭を抱えていると、呼び止める声がした。
声のするほうへと視線を向けるといたのは黒のコートを着た男の人だった。
大きいけど……年はそう変わらないのかな。十六? 高校生くらいの年齢かな。
身長は靖よりもずっとあるし、目つきも鋭い。雰囲気も子供の域をでてるんだけど。
でも、どことなく近いのかなぁ、と思えた。自分でもよくわからないんだけど。
だけどこの人、初対面なのに不機嫌な顔してるのはどうしてだろう。私、何か悪い事したかな?
うーん。思い当たるといえばさっきの中年に一撃いれたやった事だけど。あれは違うでしょ。
「答えろ」
静かに言ったのに、すごみがある。私、ほんとに何にもしてないと思うんだけど?
私が黙っていると、相手も黙ったまま。身動き一つしないで私を睨みつける。
……どうしても答えなきゃいけないみたい。こういう人は融通がきかないんだよね。
「道に迷ってたの。それに、此処が何処なのかサッパリ」
私は素直に白状した。もしかしたら何か教えてくれるかもしれないし。
融通が効かない人ってある程度何かを話すと、その場から追い出すんだよね。
そのときに帰り方を教えてもらえるかもしれない。……そうだといいんだけどなあ。
でも、おかしいよね。普通に来た道を戻ってただけなのにどうして道に迷うんだろう。
一直線に進んでただけだったんだけどなー。
路地が入り組んでるから、もしかしたら似た所を通ってるだけなのかな?
「今すぐ戻れ。ここは闇通りだ」
「闇通り? ……ねえ、此処から裏通りまではどのくらいかかる?」
「一時間は」
「えっ。……そんなにも?」
そんなにも遠い場所、行けそうもなかった。
私は裏通りっていう通りの名前しか知らない。
光奈の治める国と隣接してるってくらいのことしか、この国のことはわからない。
この街のことだって、いくつかの固有名詞しか情報がない。その数少ないうちの一つが裏通り。
カースさんは裏通りにいるんだよね。そこでなら皆と合流できると思ってたのに。
「こま……!?」
困ったなあ、と言おうとしたらいきなり口を塞がれて。店と店の間の物陰に引きずり込まれた。
間隔はせまくて、大人じゃ中々入れそうにないくらい狭くて暗い場所に。
「もがーっ! むがーっ!!」
「静かにしろ」
塞いでいた手が離される。はあー、息が止まるかと……それから少しして足音が聞こえた。
この人、見つかっちゃまずい事でもあるのかな?





「おい、知ってるか? あのデッサムとかいうジジィ」
あ、この声さっきの中年! 復活早いなぁ、さすがは伊達にふんぞり返ってないっていうか。
中年酒っ腹は声からして誰かに話し掛けてる。話してる内容はわからないけど、それでもやな感じ。
「ああ、あのジジィか。最近とんと現れんという話だが……ふん、それで?」
返ってきた声も怪しい。なんだかこう、お主も悪よのぉとか言われてぐふふふと笑ってるようなタイプの声。
それで密談の最後には金色のお菓子を渡して、茶屋の娘は器量良しだとかどこぞの老いた店主が邪魔ですなぁとかぽつりと言う。
……あれ。待ってよ。さっきデッサムとか言わなかった?
もしかしてのカースさん? 確かカースさんはカース・デッサムっていうのがフルネームだったよね。一度だけどちゃんと聞いた。
結構偉い人らしいから、縮緬問屋のご隠居ポジションからは動かないものだと思ったのに。
「計画がばれて、あの御方直々に拷問さ! ……話ではな」
あー、これはもしかして滅多にないけど必ず一度ありそうな牢屋の脱出から始まる版?
たまにあるんだよね、マンネリ回避のために。……この場合、何のマンネリかは知らないけど。
「へえ、そりゃあ良い。あのジジィは日頃からムカツクんだよ。いけすかねえ」
い、いけすかないって。それ、年下の言うことかなぁ? 言葉の乱れがこんな場所にもって奴?
些細な疑問ほど口にしたくなるものだけど、私は黙って二人の会話を聞いていた。
だって、剣こそは突きつけられてないけど背後の黒コートの人がさっきから怖い。視線が首に突き刺さってる感じ。
「おうよ。後は俺様が引導を渡してくれるわ!」
「それは違うだろう? 渡すのは……」
「……おお、そうだった! あの御方だ。だがあのジジィ、まだ仲間の名を吐かんぞ? あれだと一時間も持ちやせん」
「それはそれで。あのカース・デッサムもおしまいというだけだ」
二度目の名前確認。今度はフルネームを呼んでくれました。
カースさんの名前がばっちり聞き取れました。やっぱり、人違い、ってわけないよ……ね?
「三人か」
私の迷いをよそに、勘定の合わない人数確認をとると黒コートの人は腰に差していた剣を抜いた。
私を解放して物影から出ようとしている。
「あ、ちょっと?」
思わず内面が小声になったけど、私の静止なんかで止まるわけもなく。
黒コートの人は中年達の前に立ちはだかった。私はこっそり物陰から少し顔を覗かせる。
だって、さっきの計算がおかしかったから。二人分の声しかしてなかったのに。
「死ぬのはお前達だ」
うわ、言うこと過激。しかも剣は構えてもないけど、いつでも狙えるようにしてる……んだと思う。
よくはわからないけど、だいたい悪役の末路を考えるとそんな予測をしちゃう。ゲームのしすぎだね、私。
「んだとぉ?」
「すぐ挑発にのるんじゃない。……小僧、俺を見くびるんじゃねえ。殺るぞ?」
うーん、やっぱり……通りいたのはチンピラ風情の男とさっきの中年。どう見ても二人しかいない。
黒コートの人はさっき3人って言ったよね。耳許で声がしたから聞き取り間違えのしようがないよ。
でも黒コートの人はそんなこと気にしてないみたい。私の視界に映らないところにいるのかな、もしかして。
険悪な雰囲気の中、どちらも足を動かそうとはしない。何かが起きたのは中年コンビが腕を上げたとき。

「……カスが」
黒コートの人の呟きが耳に届いたときには間合いというものが消えていた。
その人の動きは背中と腕しか位置的に見えないからよくわからないけど。
殴打の音が聞こえた。剣を握っていた左腕がその人の身体に隠れているのはわかる。右腕はそんなに揺れてもない。
何、さっきの。あの人が剣を振るった……んだよね? あの体勢には腕を振りきった後ともとれる。
左腕だけ速くに振ったのかな。うん、きっとそう。世の中にはあんなに速く物を振ることができる人っているものだね。
靖が知ったら驚くだろうなー。どうやったらできるのか教えろーってせがむかも……!
あくまでも覗き見だからと思考と目線を逸らしていた呑気さを吹き飛ばす光景が三秒程の空白の間に広がっていた。
音もなく中年とチンピラの腕からたくさんの血が流れていた。勢いはない。
鮮血が飛び散るようなことにはならなかったからすぐには気づけなかっただけで。
特に酷いのは腹の中心を一文字にかっさばいた傷口から流れる血。もう、膝下まで伝っていた。
「えっ」
だってあの中年とチンピラ性格はともかく腕っぷしはすごく良いのに。
黒コートの人はあんまり筋肉ついてなさそうなのに。どうして、あんな刀傷をつけることができるの?
「ぐっ……なぜ、このわしがガキなんぞに……っ!」
私が呆然と眺めている間にも血が流れ続けて路地のレンガに吸いこまれていく。
中年とチンピラは地面に両膝をついた。両腕で腹からの流血を抑えようとするけど止まらない。
だって、その抑える腕からも血は流れているのだから。

あの人、強い。怖い人。そうとしか思えない。それしか考えることができない。
でも、気になるのはあの人の言葉。強い人が読み間違えをするものだろうかって。
ずっと覗いていたけど、やっぱり2人しかいない。私は目を背けたいはずなのに、じっと見いってしまう。
そうしていると背中に悪寒が走った。なんだろ、この感覚。
いままで味わった事のないくらいのものだ。それは、あの人への恐怖?
「こいつ、やべぇ! くそっ……」
チンピラ風情の男が逃げようと後ずさった。でも、背を向けるその前に身体から血が大量に溢れ出た。
私は今度こそ目を背けた。あれは確認するまでもなく、絶命を意味することだから。
顔も完全に路地の物陰の中に隠した。もう、疑う余地はない。一瞬の動作は目に映らなくても理解できる。
そして多分、私の考えは外れてない。あの血は、あの人の仕業。人殺しの行い。
それを思うとぞっとした。それは空気が冷たいからだとかそういうことで起こるものじゃない。
「なっ、おいディルス! う」
「動くな、吐け。……じいさんはどこに捕らえられている」
黒コートの人は、すっと中年の喉元に剣を突きつけた。
それは私も前にしたことがあった。でも、あれはあくまで動きを牽制するために。
だけど一人を殺すことに躊躇わない人間が本当にそれだけの理由でやってるとは信じ込み難い。
まさか、首を斬るの? 鳥肌が立つまま、私は身動きも出来ずただ物陰に隠れている。
「誰が教えるものか。わしはイドレの領主だぞ! こんな事をやってただでぇっ」
そこから先は聞く義理もない。
その一言に中年の口上は断ち切られた。首が吹き飛んで舌がもつれた歪みがすぐそばにまで響いた。
私は剣が振るわれる瞬間、目を閉じて耳を塞いでいた。でも、ちっぽけな蓋では死から背くことは出来なくて。
恐かった。まるで無秩序、言い分も聞かない。理由なんてあるの? 問答無用と刺すだけのものが。
「吐かないのならそれまでだ」
死人に口なし。もの言わぬ死体に遅すぎる宣告。
体が震えた。壁にしがみついて、なんとか崩れまいとするけど今にも膝をつきそう。
どうして、戸惑う事なく人間を斬れるの? いくら嫌いな相手でも、殺していいと受容はされないのに。
人を殺せば社会の枠に収まることは許されない。たとえ私怨が同情に足るものでも許されない。

「……足らない」
頭上から声がした。また背中に悪寒が走って私は固く閉じていた目を開けた。
あの人とは違う声があること。どうして上から声がするのかという疑念が瞼を押し上げた。
「なかなかの手練。あれが闇裂き……」
自分の目を疑いたくなるものが垂れ下がっていた。中年とヤクザの……顔だけの……
持っている人の顔は翳っている。でも、暗い中でもわかる金の髪から覗く赤い瞳。
震えが激しくなっていく。両壁に足をつけて中空にいるという芸当の無茶さよりも、滴る血。
「だれ……?」
力が抜けて、ずるずると倒れこんでしまう。それでも目は逸らすことはできないけど。
どんなに残酷なものをみても、目を閉じてはいけない。それをすれば、負けだから。
慣れが全くないわけでもないのに、動けない。さっきまではなんとか力が入ったのに。
手の指一本を持ち上げることも適わないなんておかしい。意志でなんとかならないわけがないのに。
「これから死に行く者には関係のない事だ。……まあ、強い精神に免じて冥土の土産をあげよう」
奴が求めるものの居場所をこれから口外する。しかし奴が知ることはない。それは愉快なことだ、と。
口の端を曲がらせて表情を変えた。嘲笑うための笑顔で片足を軽く振る。
その足が私の腹に直撃した。むせるし蹴られたところは痛い。なのに反射的に私の腕が動くことはない。
どうして。それに一体どうなってるの? なんで私がこんなことされるの?
「っ……」
むせたときに俯いた顔を持ち上げられ、視線が重ねられる。その赤い瞳に脈打つ鼓動の音が胸から全身に響く。
何度も何度も、回数を重ねるたびに鼓膜にまで響く。聞こえるはずのない自分のリズムを感じずにはいられない。
そのまま生の主張に呑まれていたなら無情を悟ることもなかった。
「次で終りだ」
ただ目が合っただけなのに胸を圧迫されてるように感じた。
声がでない。息苦しい。心臓が強く働きすぎてそれに息を止められそう。
「カース=デッサムは死山のチェイスという魔物の屋敷にいる。さあて、楽に逝かせよう」
いや。いやっ、いや! 目を逸らしたいのに、それが出来ない。出来なければ死ぬ。
これじゃ成すがままに殺される。わけのわからないままに、命を失う!
「いっ……やぁぁっ!」
声が、出た。そのことに私も、赤い瞳も少なからず驚いた。
でも、悲鳴に誰も気づかない。誰も駆けつけてはくれない。
暗雲がたれ込めて灰色の空が広がる。風が砂埃を巻き上げる。現実は絶望だと告げるようなそれ。
助けはこない。誰も助けてくれない。
「なんだ? これは……」
こんな所で皆と離れ離れのままで死ぬなんて、いや。一人で死ぬのはいや。
納得できない死を受け入れたくない。そんなものは認めない!
「絶対にいや……私はまだ死にたくない!」
「貴様、何をした?」
もう手が動く。足は立って歩くためにある。尻をついてなんていられない。逃げるの。
横に転んで狭い隙間から飛び出たところで起きあがる。背を向けて方向も考えずに走り出した。
「待て!」
何かが二つ投げつけられた。その何かは地面に衝突すると液体をぶちまけて私の服に小さく赤い汚れをつける。

轟音がした。数瞬ほど後を追う者の影を目先の路地に写す稲光の中、突風が吹き荒んだ。
程なくして間近に雷が落ちた。こける。身を低くした、私は目を瞑った、耳も塞いだ。
その間、何かを切り刻み叩く音がした。その一連の流れには覚えがあった。でも。
「……う、そ」
上半身を起こして見回すと、起こるはずのないことが起きた後。
赤い瞳の人がいた場所は真っ黒焦げでその人がいた場所を中心に、全ての固体は跡形もなくなっていた。
見たくなかった中年とヤクザの生首も。灰燼となって何も残らずに。でもそれってつまり、さっきの風と雷は。
「そんな」
どうやればこうなるのか、方法はわかってる。その結果に何があるのか。
あの呪文は唱えてないのに、どうして。
魔法の言葉は少したりとも口にしなかった。使うときの閃きもなかった。
真っ白の頭に足音が伝わった。振り向けば黒コートの人がいた。
「……遅かったか」
どうして。魔法は唱えなければ発動しないんじゃないの?
制御が効くものでしょ。それなのに、言わなかったのに。私は、また殺してしまった。
「……っく」
私、殺しちゃったんだ。前はいるべき世界に帰っただけってラガは言ってたけど。
ラガの手前では納得した。でも本当は……信じられなかった。
だって、そんな都合の良いことあるわけない。もしあったとしても、普通なら死んでいるから。
たとえあの女の人が私に元気な姿を見せたとしても、致命傷の傷を与えたことは変わらない。
それは、殺意があるかないかの違いだけでやったことはこの人と同じだよ。
「殺したの?」
私は焦土と化した場所へを顔を向けた。あそこに、1人の男とそいつが投げ捨てた2人の生首があった。それを、私が。
駄目だ。頭が、体が痛い……何も考えられない。自分が人じゃなくなった気がする。でもそれは考えたくない。
考えなくちゃいけない。自分が自身のやったことから目を背けたら誰が反省と後悔をすることができる?
お母さんの言ってたことを守らなきゃいけない。だけど、言いつけを守るということは受け入れること。
私は人を殺した? 鈍器は使ってない、指一本相手に触れてはいない。魔法を行使したわけじゃない。
だけど、あの暴風と雷撃を起こす魔法は以前使ったことがある。自然現象は何かを狙い撃ちにしたりしない。
私が、やってしまったのだと考えるのが当然。でも、いやだと叫んだだけなのに?
殺人はいけない。すればその先にあるのは泥沼。一度入ればそこから抜け出ることはできない修羅の道。
そこにもう、私は足を踏み入れていたのだと思うと目の前がぐらついた。
頭が重い眼が痛いがんがんする。ふらふらと身体が揺れる。
気を失う瞬間、声がしたような気がした。それは黒コートの人のもの?
私は体が重力の法則に従って倒れていくのを感じて完全に気を失った。










「ええーっ!? 清海とはぐれたぁ!?」
「突撃隊みたいな人波に清海が流されたの。追いかけようにも割り込めなかったわ」
「そいつらが過ぎた後にはもう清海がいなかったんだ」
突撃隊みたいなの……ね。そういえば図書館でここの地理を確認した時見かけたわ。でも、その時に清海はいなかった。
「どうすりゃ良いんだ? 知ってる場所ならともかく、ここ初めて来た土地だぞ」
「迷ったにしてもこの都市は入り組んでる所が多いみたいだし」
レリが何か言おうとしてたけど、一緒に地図を見ただけに言おうにも言えるはずがなかった。
あたし達が最初にここの地図を見た時は、くらっとしたわ。あの地図は迷路みたいだった。
「うん。この国は昔魔戦争があったものだから」
そういえばキュラは歴史の本も読んでたわね、呑気にそんなもの。真剣に読んでたから邪魔はしなかったけど。
「それって」
どんなのだったの、とレリが聞こうとしたところで。
男二人組が横を通り過ぎるときに交わしていた会話が耳に割り込んできた。
「なあ、知ってるか? 昼に誰かがあのルイーツの野郎に一撃いれたんだってよ!」
「ああ? そのことならお前より知ってら。俺はその場に居合わせてたぜ? そいつの顔も見たぜ」
「まじで!? 誰だよそいつ」
「それが聞いて驚けよ。女の子だったんだ、十三か十四くらいの!」
ちょっと待って。男に一撃入れる、中学生くらいの年の女? なんだかとても、予感がするんだけど。
それを感じたのはあたしだけじゃなかった。キュラ以外の視線と耳が二人組へと向けられた。
もしかして……半分くらいの確率だけど、あり得ないことじゃない。清海の痕跡だわ!
「酒場にいたんだが、騒ぎに外へ出てみるとちょうど野郎が一撃膝にくらったところだった」
「なあ、あの野郎は坂道転げ落ちたって聞いたぞ。それは?」
「本当だ。ついでに兵士の一人も巻き添えくってな。俺、あれ見た瞬間すかっとした!」
「そりゃ傑作だ! 野郎何でも自分の気に入らないとすぐ暴力とでる。そのあいつが嬢ちゃんにやられたのか!」
二人の男は、ついには肩を組んで歌い始めた。往来の中で周囲の迷惑も考えずに。
でも、それを咎める人はいない。それどころか心持ちにこやかな顔をしている。
まるで、二人の会話で緊張がほぐれたかのように。五分前とでは大通りの雰囲気が違う。
そんな道行く人々とは対照的に、あたしたちは顔をしかめた。それだけの証拠があれば確証として成り立つわ。
あたし達は頭に疑問符を浮かべてるキュラを人気の少ないところに引きずりこんで会議を開いた。
「清海、キレたんだな」
「うん、そうだよね。でも何年ぶり? 清海がキレたの」
「まあ、理由があってのことでしょうけど」
顔を見合わせてうんうんと頷く。キュラだけはぽかんとしてる。
「え、まさか清海ちゃんがやったとでも?」
「多分な。つーか絶対そうだ。そんな芸当できんの、あいつしかいねぇ」
「普通の子ならできないでしょうけど、清海はキレたら年上の男でさえノックアウトにするのよ」
「……前科有りなの?」
おずおずと話についていけていないキュラが美紀に聞いた。
「ええ、おもいっきりね」
「うん。あのときはすごかったなあ」
美紀とレリが頷いたのを見てキュラはずっと笑顔で細くしていた目を開いた。
まあ、信じられない話よね。あたしたちだって今まで何度も目撃してきたからこそすんなり呑み込んでるけど。
「母親の影響だろ。清海の母さん、昔はかなり荒れてたらしい」
「清海は普段はのんびりとしてるけど、キレたら怖いのよ」
「フツー、子供が大人を蹴っ飛ばせるわけないから。あたしにだって無理だよ」
さっきの話からすると清海は美紀と靖からはぐれた後、何か一悶着あったけど勝ったのね。
その後の手がかりはなし。でも確かなのは清海がキレたって事くらいね。
清海はキレると普通より2倍の速さで走れるのよね。セーフティを外したみたいに。
その代わりに防御とかそういうことにはガラ空きだけど、今までにキレた清海に一打でも浴びせた奴はいない。
小五のとき、中学生にカツアゲされそうになって清海がキレたことがあった。
そのときは全員病院送りとかまではいかないけど素手でノックアウトにしたし。
たったの五人だけど、かなりの驚愕が走ったわ。あたし達は皆呆気にとられるばかりだった。
いつもと変わらない怒り顔でやってのけたのよ。しかもなぜか攻撃とかについても頭の回転が速かった。
清海がキレる事が一番恐ろしい。普段はのんびりとした性格だから危機感は感じてないけど。
ぶちっとか清海がもうキレた、とか宣言した日には清海を敵に回して無事だった人間いないんだから。






NEXT